“元ワイン嫌い”ワインプロデューサー大西 タカユキ(おーみん)のプロフィール

おーみんプロフィール写真

ワインプロデューサー 大西 タカユキ(おーみん)

【生年月日】1978年4月16日
【出身地】兵庫県西宮市
【血液型】A型
【趣味】 茶道、三線、バイク、ワインを楽しむこと、ホームパーティー、和食器集め、F-1観戦、三国志、バイクツーリング、自転車旅行、ひとり旅、作曲
【資格】 J.S.A公認ソムリエ、FCAJ公認 フードコーディネーター、O.C.A認定オーガニックコンシェルジュ、A.F.T公認色彩コーディネーター

愛称は、おーみんです!

よく「なぜおーみんなの?」と聞かれるのですが、小学校時代のあだ名が元になっていて、社会人になってやや変形して「おーみん」になりました。呼びやすいので、自分の子供達や妻、親族、お客様、取引先の方からも「おーみん」と呼ばれています。

プロフィール

葡萄が苦手にもかかわらずワイン輸入業者に入社。

そこで出会った数々の素晴らしいワインのおかげでワインの魅力に目覚めてヨーロッパ各地のワイナリーを訪問して経験を積み、2011年に「ワインで世界を笑顔に!」をテーマにワインプロデューサーとして独立。

ワインと料理のペアリングに特化したメディア通販「レモンタージュ 」の運営、ワンコインで入れるオンラインワインサロン「おーみんのワイン大楽(だいがく)」の運営、飲食店のワインメニューデザインや取り扱いワインのプロデュース、ワインの業務用卸売などを通じて「日本にただ一人のワインプロデューサー」として活動中。

また、大名茶人・古田織部の失われた茶道を再現する織部流を学び茶人としても活動。「ワインを通じて日本の素晴らしい文化を発信する」ことをライフワークとして、茶道、書道、華道、歌舞伎などをはじめ、音楽、アートなど様々な業界とのコラボレーションを実現し「ワイン界の異端児」と呼ばれている。

茶道家・大西 宗韻として

ラジオ関西の老舗番組「ばんばひろふみ!ラジオDEしょー!」の人気コーナー「おーみんのワイン大楽(だいがく)」を担当し、準レギュラーとして出演中。

ワインプロデューサーとは?

私が作り出した「ワイン専門職」の名前なので、Googleサーチでも私がトップに出るはずです。ワインプロデューサーとは、「ワインのある場」をトータルプロデュースする仕事です。簡単に言えば、ワインの何でも屋。

飲食店さんのワインをプロデュースすることもあれば、ネットショップで家飲みワインの提案をしたり、ワインイベントの企画や司会をすることも。

ワインは種類が多すぎて、難しい。
そんなワインを誰にでも分かりやすいコトバに変換して、「ワインのある楽しさ」を演出するお仕事です。

おーみんの生い立ち。

1978年4月16日兵庫県に生まれる

神戸港で貿易関係の自営業を営む寡黙な父親と、専業主婦で少々天然ボケな母親の間に長男として生まれる。

1982年~幼稚園時代 私立聖和幼稚園入園。

この頃から、基本的に初めてやることは何でも他の子よりもできたが、何ひとつ1番になれない「器用貧乏」で、やはり駆けっこも2番目だった。

1985年~小学生時代

 上ヶ原小学校入学。

家では、好きなものしか食べない超ワガママっ子だったため、小学校の給食に食べられないものが多く辛い毎日を過ごす。今とは違って食に対してかなり内向的であった。

小学校3年の頃の習い事は、体操、水泳、野球、ピアノ、美術、塾と超多忙だったが、現在の活動の基礎になる感性が磨かれた時期であった。

4年の時に悪ガキと出会い、悪ガキになることに憧れるがなり切れず、プチ悪ガキな1年を過ごす。

5年の時にクラス替えがあり、悪ガキと離れて方向転換。とにかく人を笑わせることに燃える。給食の時間、牛乳を飲んでいる時に笑わせて吹き出させた数で、初めてクラスで1番となる。

6年の時、いろんな自分を模索するためお笑い系からクールなイメージにまたまた方向転換。遠くの学校に通うのが面倒だったので、近所にある中学を受験することを決意。テレビ断ちをして一切テレビも観ずに猛勉強し、志望校に合格。

1991年~中学生時代

私立関西学院中学部入学。

もともと得意だった野球部に入ったが、努力するのがキライで結果が出せず。3年になって追い詰められ努力し、レギュラーを獲得。3年間学校も休まず野球漬けの健康的な生活であった。

1994年~高校生時代

関西学院高等部に入学。

野球を続けて、いわゆる高校球児に。1年生の時に外野手から投手への転向にチャレンジして、2軍のデビュー戦で完封するも、その試合で肘を故障。投手を諦めかけた時に柔道の授業で左手首を骨折。区切りのタイミングだと思い、小学生時代から続けてきた野球を辞めてしまう。

デヴィッドボウイに憧れギターを始める。作曲に興味があったので、親から借金をしてシンセサイザーを購入、夢中になり音楽の道を目指そうとした矢先に阪神淡路大震災が自宅を襲う。

自宅は西宮だったが震度7で、部屋の本棚が壁を突き破ってドアを塞いでしまったので窓から脱出。食べるものが無いという恐怖を初めて味わい、電車も動いていない中で食糧差し入れのために訪問してくれた親戚や友人の行動に感動。TVで被災地の惨状を見て「少しでも役に立ちたい」という想いからボランティア活動に参加。将来、ビジネスを通じて少しでも社会貢献をしたいという想いが生じた瞬間だった。

高校3年の時に、神戸港にあった祖父が創業した会社は、震災の影響で父によって清算することが決定。無職となった父を見て大学進学せずに働くという選択肢も考えたが、両親の勧めでありがたく大学に進学することを決断。

1997年~大学生時代

関西学院大学商学部に進学。決して成績は良くなかったものの効率よく単位は取得し、大学でしかできないことをすると心に決め、国内のいろいろな場所を旅したり、様々なアルバイトを体験。

3回生の頃、起業を夢見て親友と夜な夜な飲みながら事業プランの話をしていたが、お酒は専らビールかバーボンで、ワインはとにかく苦手だった。起業は良い事業プランが浮かばなかったのでとりあえず保留とし、就活をすることにした。

数社しか回らなかったが、たまたま説明会に参加したある輸入会社に興味を持つ。この会社は老舗のネットショップを運営していたので、インターネットビジネスに興味があったことと、熱い社長に惚れ込んで就職した。

ただ、困ったことにこの会社が最も力を入れていたのが苦手なワインであった。こうして、ワインが嫌いなのにワインの輸入会社に就職することとなる。

2001年~サラリーマン時代

1年目は実店舗でワインコーナーを担当。

ワインを商材として扱うからには勉強のために、苦手なワインをいやいや飲むようになる。その後、あるドイツワインを飲んだ時に、その上品な香りや美味しさに体が震えるほどの衝撃を受ける。自分の中でワインに対するスイッチが入った瞬間だった。

この後、ワインは”勉強”という感覚は無くなり、愉しみながら研究を重ねていった。資格を取るための勉強よりも映画に出てくるワイン、ラベルがオシャレなワイン、面白いエピソードがあるワインなど、ワインの知識不要でも楽しめる”ワインの小噺”に興味があり、様々なワイン本を読み漁る。

社会人2年目に念願のインターネット通販部門に異動。社長から「予算目標を達成すれば海外研修に連れていく」という約束を取り付けてギリギリ達成。

2002年に初めてフランス研修に参加し、ブルゴーニュ地方、南仏ラングドック&ルーション地方のワイナリーを訪問する。その後も、2004年にフランスのボルドー地方・ブルゴーニュ地方、アメリカのカリフォルニア州のワイナリーを、2005年には2回に分けてフランス、イタリア、ドイツ、スペイン、オーストリアを訪問、ワイナリーだけでなく、生ハム、チーズ、オリーブオイル、ボッタルガなど、ワインライフに欠かせないグルメの生産者を訪問した。

これらの海外経験を経て、本では絶対に身につけることができないワイン生産の現場の”空気”を知る。

2005年~社内ベンチャー時代

いつかは起業したいという想いがあった為、社内ベンチャーもひとつの方法だと考え、社長に新規事業プランを提案。その結果採用され、子会社に出向し、役員としてインターネットを使った新規ビジネスを立ち上げることとなる。

このビジネスでは、ワインから少し離れてオーガニック関連商材を扱ったため、オーガニックにも興味を持つようになった。社内ベンチャーは会社で初めてのことだったので、社長をはじめ多くの方に支援して頂いたが、もともと新規事業を快く思っていない役員や先輩からは、批判や冷たい言葉も浴びせられた。

悔しかったが、成果を出すために必死で努力。経費を使わないように、出張は最安値の夜行バスで、宿泊はカプセルホテル。まさに臥薪嘗胆状態で試行錯誤したが思うような成果は出せず、社長と「4年以内に当初の成果を出せない場合は撤退する」という約束をしていたので新規事業から撤退。

「商売」の難しさを骨の髄まで感じたが、この時ゼロから築いた人脈や経験が後の起業に大いに役立つこととなる。

2009年~起業準備時代

社内ベンチャーに失敗した責任を取り、退職も考えたが、社長から2度目のチャンスとして、赤字体制に陥っていた古巣インターネット通販部門の再建を任される。

社長への恩返しの気持ちで、必ず黒字化することを心に誓う。

しばらくワインビジネスから離れていたことでワインに対する客観的な見方ができるようになり、「ワインの敷居の高さ」がワインビジネスのネックだと考えワインを難しく語るのではなく、ワインの愉しさを誰にでも分かるコトバで伝えたいという考えに変わっていった。

インターネットビジネス部門の再建は優秀なスタッフに恵まれ、1年目で赤字額半減、2年目で黒字化に成功した。

この2年間は起業準備と考え、経営者として利益の出し方を学んだ。そして、自分が最も得意とするものは、「ワインを誰よりも分かりやすく発信すること」だと気付く。 2011年6月、独立することを決意し、長年お世話になった社長に起業への想いを伝える。社長から「全面的にサポートする」という言葉を頂き、成功して必ず恩返しすることを心に決める。

2011年~現在

2011年10月1日に「ワインで世界を笑顔に!」をテーマにワインプロデューサーとして起業し、ワインの楽しさを創造する工房「スタジオ・クロノワ」を立ち上げる。

サラリーマン時代に友人から「自分でワインを選べないからプロに選んで欲しい」という要望が多かったことから、予算と味の好みだけを指定してワインセレクトはプロにおまかせというオーダーメイドワインショップ「クロノワ」を 12月に立ち上げ、ワインの知識が無くてもワインのオーダーができるユニークな販売方法として業界で話題となる。

2012年に入ると、ソムリエのいない飲食店からワインプロデュースの依頼が入るようになり、そのお店のお料理に合うワインをセレクトしてワインの知識が無いお客様でもワインを楽しめるお店作りをサポートするようになる。

飲食店のワインプロデュース

ご依頼のあった飲食店のジャンルは、フレンチやイタリアンだけではなく、つけ麺、セルフうどん、韓国料理、エスニックなど様々で、どんなジャンルのお店でも独自の視点でプロデュースしている。

2012年5月からは、ラジオ関西の老舗番組「ばんばひろふみ!ラジオDEしょー!」にて”ワインの国の難しいワイン語”ではなく”分かりやすい日本語”でワインを面白おかしく伝える「おーみんのワイン大楽(だいがく)」コーナーを担当、ソムリエとは違うカジュアルなスタイルでワインの伝道師として活動。

ラジオ関西オンエア風景

その他、若手書家とコラボレーションし、墨を赤ワインで磨って、馨りをテーマにセレクトしたワインをイメージするコトバを書く展覧会や、老舗洋食レストランの名物カレーとワインを合わせる会、和太鼓の音から連想してセレクトしたワインを愉しみながら和太鼓の演奏を聴くワインLIVEなど様々な業界とのワインを通じたユニークなコラボイベントも多数企画。

もともとワインが嫌いだったからこそ、ワインの楽しさを伝えたい。

「ワインを生活に取り入れることで、食生活が少し幸せになる。食生活が少し幸せになれば、人生が少し幸せになる。」と確信を持っている。

大西タカユキを通じてワインの魅力を知ってもらい、これから関わるすべての人を笑顔に変え、食文化の発展に寄与していきたい。そんな想いを全国に発信して行きたいと思っている。

 

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